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クラシック音楽 トピック削除
No.369-TOPIC - 2001/03/24 (土) 19:10:54 - トミー
クラシック音楽なんですが、
良く指揮者や演奏家、楽団、場所等での音の違いを
好きな人は良く言われますが、私も比較すれば、
分かりますが、何かちょっと違うな程度で、
演奏者の違い、音色の違いはほとんど分かりません。
興味がわいて来ません。
これは私の感性に問題があるんでしょうか?
音楽が私に合ってないんでしょうか?
こういう違いがある、とかの例え話や、
アドバイスやヒントでも、教えて下さい。
お願いします。
 

(無題) 削除/引用
No.369-22 - 2001/03/31 (土) 13:04:48 - precision
Pochi+kunさん、ありがとうございます。ホールと演奏の関係についてはあまり良く知らないものですから・・・

それにしても時間の都合で演奏を変えなければならないことがあるというのはまさにライブならではという感じがします。それで受けが良かったりするということもあるのでしょうね・・・そういうのも生の面白いところでしょうか。

precisionさんへ 削除/引用
No.369-21 - 2001/03/31 (土) 12:33:34 - Pochi+kun
>指揮者の方々は本当に「テンポはホールの残響具合に合わせることが
>第一で、自分の求めるテンポをホールのために妥協する」
>という姿勢なのでしょうか。

私は、指揮者はホールの残響を第一にしていると書いたつもりはないのですが・・・。
ただ、指揮者の演奏のテンポを決める要素の一つにホールの残響があると書いたつもりだったのですが・・・。

基本的なテンポは指揮者の楽曲への解釈や作曲家の指示するテンポや曲想でしょう。
しかし、それだけでは指揮者や演奏家の表現したい部分がホールの残響などによってかき消されてしまう場合があります。そこで、演奏家は自分の表現が伝わるテンポや間といったもので表現を伝えるということになります。

つまり、ホールのために演奏を妥協するのではなく、ホールを活かした演奏をするということです。

たまにホールの撤収完了時刻との兼ね合いもあって速めの演奏となるということもありますが・・・。

ホールとテンポ 削除/引用
No.369-20 - 2001/03/31 (土) 01:49:46 - precision
こんばんは。

Pochi kunさんの言われていることは良く分かります。ですが、指揮者の方々は本当に「テンポはホールの残響具合に合わせることが第一で、自分の求めるテンポをホールのために妥協する」という姿勢なのでしょうか。私はただの一音楽ファンですが、演奏の好き嫌いにテンポは非常に重要で,ホールの残響とマッチしていてもテンポが自分の好みと違うのはちょっと・・・と感じてしまいます。もし私が指揮者ならば、そもそも自分の演奏したいテンポに合うホールを選びたいと感じます。

「まず演奏ありき、そしてそれに合うホールを」の方が良いパフォーマンスが出来るのではないかと感じてしまうのですが、これは一音楽ファンにすぎない私の考えです。私の場合は好きな演奏を選ぶのに,残響がばっちり決まっているかどうかよりもまずテンポを優先します。それでいて残響も綺麗ならもちろん言うことなしです。このあたりは経験者の方の考えを伺いたいところですね。

ホールとテンポ 削除/引用
No.369-18 - 2001/03/29 (木) 22:57:50 - Pochi kun
久しぶりの録音屋さんのPochi kunです。

演奏家の違いや、録音の違いについては皆さんいろいろと書かれているようですが、ホールについてはあまり書かれていないようですので、その観点から書かせていただきます。

ホールによる音の違いは、ホールのサイズによってよく鳴る周波数や、残響時間が違うのは当然、皆さん御存知のことと思います。

しかし、音楽を演奏する際のテンポについても、ホールの大きさが大きく影響します。
この為、一流の指揮者の演奏は同じ曲、同じオーケストラで同じ時期の演奏であってもテンポが違ったりもします。
まず、ホールの残響の時間を考えて下さい。
残響の長いホールで大編成のオーケストラで楽曲を演奏する場合、速いテンポで演奏すると、音が濁ります。
逆に残響の少ないホールで休符が長いと完全に演奏が途切れてしまいます。そこで、一流の指揮者はホールの残響にあったテンポでの演奏をすることになります。
このあたりが、同じ演奏家でもホールによって演奏が変わる部分になります。

一個人の経験ですが。 削除/引用
No.369-17 - 2001/03/29 (木) 18:39:01 - mushi
私の経験で言えば、1冊で十分ですから、CDの評論本などを手にとってみて、自分が面白そうだと思った曲で、共感できるようなコメントのある一つの演奏を、繰り返し繰り返し聞いてみることが有効だと思います。
そういう意味で、あらかじめ偏見(?)を持って聞いてみるのです。
自分が知らない曲でもかまいません。
大切なのは、飽きたからといって曲の途中で止めないことです。
途中で眠っちゃっても構いませんから、とにかく最後までかけることです。
最初のうちは、「どこがそんなに優れているんだ」と思いますが、繰り返し聞いているうちに、だんだん評論家の言っていることに共感、または反感を覚える部分が生まれてきます。
そうなると、その曲に対する興味が、以前と比べ物にならないほど、沸いてきていることに気付くはずです。
一つそういう曲ができますと、他の曲については、もっと短時間で同様の体験ができます。
この繰り返しが、クラシックの世界に足を踏み入れる近道ではないかと考えております。
ちなみに私なぞは、いまだにモーツァルトの曲に浸れずにあえいでおりますので、あくまで「そういうことも一理あるかも知れない」程度に考えてください。

とりあえず 削除/引用
No.369-16 - 2001/03/29 (木) 14:23:22 - TIGRE
トミーさんの感性正しいと思いますよ。
最初のうちはなかなかわかるものではないですし、
クラシックでもすれっからしのファンになってくると、あの演奏の
ここがいいとか、あの演奏者のファンで全てのCDを集めるとか
この曲はすべて集めるとかになってきますけど、その前段階では
いろいろな曲を聴くというのがクラシック入門としてはいいのでは
ないでしょうか。

いろいろ違ったスタイルを楽しみたいというのであれば、本当に好きに
なった曲で試されたらいいと思います。

通俗的なところでいえば、ビバルディの「四季」などを
大オーケストラ・・・例えばカラヤンとか
合奏団(但し楽器は現代のもの)・・・例えばイムジチとか
合奏団(但しその時代の楽器使用かつ演奏中庸)・・・イングリッシュコンソートとか
合奏団(但し時代楽器かつ演奏過激)・・・イルジャルディーノアルモニコとか
などで聞き比べれば一目(聴?)瞭然です。

そのためにも気に入った一曲探しを頑張って下さい。

(無題) 削除/引用
No.369-15 - 2001/03/29 (木) 12:57:35 - precision
こんにちは。

もちろん音楽にまつわる色々な知識は音楽をさらに楽しくしてくれるものですが、娯楽として音楽を聴くのであればまず聴いてみて良い曲だと思うかどうかが先決で、それを分かろうとして何かを学ぶというのは本末転倒のような感じもします。音楽に限ったことではなく、好みに合わないものを理解しようと努力するというのは「楽しむ」ことを本質とする娯楽の本来の姿ではないのではないでしょうか。

実は私も数え切れないほどの回数聴き込んでいる曲はほんの数曲で、それらの曲は全ての音楽ジャンルの中でも最も好きな部類に入りますが,あとはCDを買ってみたものの軽く聞き流して終わったというものがほとんどです。音楽系の本は良い曲をさがす手がかりという感じです。まず自分の感覚で良い音楽だと思ったものがあり,それについてもっと知りたくなって付随的な知識を仕入れるというならばともかく、まず知識から入るというのは音楽という趣味をつまらなくする可能性が高いと思います。

とにかく聴いてみてよい音楽だと感じたならばそれはその人にとって良い演奏だったということは疑いないことです。同じ曲の中で演奏にこだわるのは演奏によって好きな音楽になったりそうでない音楽になったりするからです。色々と聴いているうちに、「ほぼ同じ曲なのにこちらは何かしっくりこない」というようなことがあるかもしれません。そういうときに何が違うのかをじっくり聴き比べてみると違いが見えてきて,「なぜ自分がこちらは好きだがこちらはしっくりこなかったのか」が分かってくると思います。

(無題) 削除/引用
No.369-14 - 2001/03/29 (木) 07:47:56 - -SHU-
 トミーさんはクラシック音楽に興味がおありで、これからクラシック音楽をもっと
分かりたいと思っておられるのですね。私はほとんどクラシック音楽(古楽や現代音
楽を含め)しか聴かない「偏狭な」音楽ファンですが、やはり演奏の違いが分かると
クラシック音楽の楽しみ方が一段と広がる感じがします。クラシック音楽は、基本的
に歌舞伎や能と同じく「過去のある時点で既に完成された音楽」であって「今現在生
成されつつある音楽」ではありませんから、ベートーヴェンはどこまでいってもベー
トーヴェンで新たな要素が付け加わるわけではないので、これに細かな相違点を与え
るのは演奏しかないからです。
 とはいえ、クラシック音楽の演奏としてわれわれが耳にすることができるのは、た
かだか直近100年間の、主として欧米の記録でしかありません。クラシック音楽の作
品群の時間的広がりが約1500年間、ジャズやポピュラー音楽とのジャンルの間の広が
りが汎世界的であるのに比べると、時間的にも空間的にも微々たる広さでしかないの
で、これらの相異を聴き分けるためには、ある程度の教養というか訓練が必要になり
ます。

 トミーさんが「金はないが暇はタップリある」学生さんであるのならば、「乱聴」
がおすすめですね。ともかく聴き込むことで、ご自分の好みを自覚することができる
し、相対関係でいろんな演奏の違いも分かってきますので。私は中学生のときにNH
K・FMのお昼のクラシック番組を夏休み中聴き通したことがありますし、大学に合
格してカセットデッキを買ってもらったときには、「現代の音楽」を録音しまくりまし
た。このときの体験は、間違いなく私の教養の基礎となっていると思います。

 トミーさんが社会人であるならば、そのような時間をかけていられるワケはないの
で、信頼できるガイドとなるような書物を読まれることがよろしいでしょう。基本的
に音楽は「耳で聴くもの」で「目で読むもの」ではありませんが、書かれたものを読
んで楽しみ方が広がるのであれば大いによろしいことと思いますので。
 このような目的で書物を読まれる場合、ディレッタントが書いた本などは面白いけ
れども、こちらに何らかの視野の広がりを与えてくれるわけではないので、適当では
ないと思いますね。作家の五味康祐氏とか評論家・指揮者の宇野功芳氏とかですね(
どちらもとびきり面白いんですがね)。
 私としては、作曲家の柴田南雄氏が10〜20年くらい前に「レコード芸術」誌に断続
的に掲載しておられた一連の評論(レコード評とは別のもの)をおすすめしたいです。
同氏はこの一連の評論で、20世紀の演奏の傾向と作曲や美術の流れとが明らかな相関
関係にあることを論証しておられるので、私は幾度となく「蒙を啓かれる」思いがし
たものです。残念ながらこれらは単行本としてまとめられてはいないようなので、図
書館などで閲覧してもらうしかないのですが。柴田氏の単行本としては音楽史ものが
音楽之友社から入手可能ですが、これもいい本だと思います。

 あ、それから、AVに関係する話題でいいますと、やはりある程度のグレードの装
置(ミニコンポの上級からハイコンポクラス以上)でないと演奏の相異や巧拙を聴き取
るのはつらいところがあります。安価な装置がいけないというのではなく、これが「現
実」であるということです。

またまた単純ですが... 削除/引用
No.369-13 - 2001/03/28 (水) 23:33:59 - yasta
>[Re:5] トミーさんは書きました :
> 私は今まで参考文献や参考書類は偏見等を持つ事が恐かったので、
> さけて来たんですが、私の場合ですと知っておいた方が良さそうですね。
あまり深く考えることはないと思います。
皆さんのおっしゃる通り、音楽というのはクラシックであろうがジャズであろうが、個人個人の好みの面は少なからずあると思います。
成り立ちとか、歴史的背景とか様々な要素もあるのでしょうが、
どんな音楽でも聴いて楽しむことが、一番の勉強だと思います。
道端で聞こえてきた曲や、たまたま有線で聞こえてきた曲が気に入ったから
聴いてみたいと思えばそれで十分だと思います。
経験も、知識も・・・楽しみ・・・の前ではたいした意味は持たないと思っています。(仕事は別ですが...)
かく言う私も、こちらの掲示板では教えていただくだけで、年の割には
まだまだ発展途上の身ですが、自分で確信を持てない分まだまだ先があるのだと割り切っているつもりです。
トミーさんのように悩まれるのも分かるような気がしますが、ひとつのことに悩むより、今はじっくりすそ野をのばしていろいろなジャンルを聴いてみるのもひとつの方法かもしれません。
トミーさんにとって良い方向が見つかることを期待しています。

経験から言うと・・・ 削除/引用
No.369-12 - 2001/03/27 (火) 01:43:13 - Nickey
なんだか盛り上がってきたようですね。素人ながら作曲、指揮、演奏の経験がありますので続いて発言してみます。

>bebeさん
>極端なのはミッシャー・マイスキーってチェリストの83年録音と99年録音のものでは、あれれっていうほど違ったりします。

自分でテンポを決められるので、どうせ録音するなら変えてみたいというのが本当のところだと思いますが、年齢と共に好みや奏法が変わるので、プロとして常に最高の演奏を目指しているのに、いつまでも同じ演奏をしている方が不自然だと思います。でも、演奏家としては遊び心の方が大きいかも(笑)

>トミーさん
>演奏家の上手い下手や音程等は、楽器経験がないものには、
>判断は難しいんでしょうか?
>指揮者の解釈と良く言いますが、これも意味が分かりません。
>後はこの違いは指揮者に寄るものなのか、
>演奏家に寄るものなのか、そこの判断も出来ないんです。

素人とプロの違いなら分かりますよね。しかし、プロになるような人はそれなりに選ばれた人たちなので、レベルに差があっても素人目には微妙である場合が多いのです。演奏の違いについてですが、プロのオーケストラを指揮する場合は指揮者が同じなら大体同じような演奏になります。カラヤンが大学生オーケストラを指揮したときにまるでベルリンフィルのような音(良く鳴る)がしたが、演奏会が終わったら素人の音に戻ったという逸話があるくらいです。ただ、誰が指揮しても「良く鳴る」オーケストラというのが存在していて、こうしたオーケストラは一流のオーケストラということが出来ます。一流のオーケストラと巨匠が出会うと世紀の名録音が誕生します。ちなみに「良く鳴る」というのは文字通り「豊かで美しい音がする」という意味です。

>yastaさん
>ベートーベンの有名な交響曲「運命」があります。カラヤンやフルトヴェングラーやワルター等有名どころが並びますが

運命の出だしは「いきなり休符」から始まる(指揮者が棒を振り下ろした瞬間がなんと休み!)という演奏家泣かせの曲で、しかもジャジャジャジャーンの最後の音「ジャーン」は指揮者が音を切るまで伸ばすという指示が書かれていて斬新です。でも、楽譜の指示に従うなら一般的な演奏はどれも伸ばし過ぎだと思います。ベートーベンの悲惨な「運命」というイメージと、指揮者が髪を振り乱して激しく棒を振りまわす方が「うける」ので今日のような派手な演奏になったのでしょう。

>precisionさん
>朝比奈隆指揮のものを買ったら私の好みの演奏だったので、今ではこれがお気に入りです。

朝比奈氏は大指揮者の貫禄か外れが少ないですね。ライブ録音ばかりなのですがスタジオ録音に力を入れればもっと評価されるのではないかと思うと残念です。

それでは、本題へ

クラシック音楽ではたとえ楽譜が同じでも、いつ、何処で、誰が、誰と演奏したかによって同じ演奏にはなりません。逆に、同じ演奏になる方が少ないといえます。これにはさまざまな理由があるのですが、クラシック音楽の多くは作曲者自身の演奏が残っていないため、同じ演奏を再現することに重点を置かないという歴史があるためだと思います。
ロックを中心とした人気バンドには必ず演奏やスタイルを真似たコピーバンドが存在しますが、クラシック音楽では他人の真似をしない(真似出来ないような?)演奏が好まれます。一流の演奏家の技術をさりげなく生かして、聴衆に感動を与えるような演奏に纏め上げるのが一流の指揮者でもあるわけです。
クラシックにはアドリブが無いかのようなイメージがありますが、時代をさかのぼると、バロック時代には独奏部分をアドリブで演奏するのが当たり前でした。現在では楽譜が整備され、本来アドリブである個所にも例題として音符が書かれているのでアドリブ的要素は少ないものの、今でもいわゆる「ライブ」なわけです。なお、クラシックでも協奏曲では独奏部分をアドリブで演奏することがよくありますので、同じ演奏家が同じ場所で演奏しても違うメロディーを奏でることは珍しくありません。
指揮者によっては録音にもこだわりがあって、カラヤンは弦楽器の目の前にマイクを設定して弦が擦れる生々しい音(指揮者の気分が味わえる?)を録音していますが、ロリンマゼルは非常に響きの良いホール(リスナーとして心地よさ)で残響たっぷりの録音を好むようです。例としてはホルストの組曲「惑星」の録音を聞き比べると1曲目の「火星」からして全然違いました。
私も指揮者の経験がありますが、楽譜に書かれたテンポや音量はニュアンスを伝える程度のものであって「歩くような速さで」とか「力強く」とかいわれても人によっては相当な違いがあるので、無理の無い演奏になるようにかなり気を使わなければいけません。こうした曖昧さを嫌ったストラビンスキーは自分の曲が忠実に演奏されているかを指揮者ごとに採点したそうです。
作曲家はホールについてのこだわりがあります。作曲家でもあった宮沢賢治は豊かな響きを理想としていて、壁や天井を反射して大きく迂回してくる残響音を聴くようなホールの設計図を描いています。ワーグナーにいたっては宮廷に仕え国王に進言し自分のオペラを演奏するための劇場をつくりました。彼のオペラはこの劇場の音響に合わせて作曲されています。しかも、何度も譜面を書き直して理想に近づけようとしていました。
自分で作曲して自分が指揮しても同じ演奏にならないのに、違う指揮者が棒を振れば、まるで他人の曲のようで意外な発見の連続です。とはいっても、じつは無難な演奏というパターンというか定石が存在しています。無難な演奏で確実に聴衆を感動させることが出来れば「大指揮者」と呼ばれ、無難な線からかけ離れた「あっと驚くような演奏」なのに聴衆を感動させることが出来れば「巨匠」と呼ばれます。巨匠に挑戦して失敗した人の多いこと(笑)

もっと気軽に! 削除/引用
No.369-11 - 2001/03/27 (火) 00:55:30 - ミストラル
皆さん、同じような経験をお持ちだなと思いつつ...

クラシック・ファンならずとも、誰もが聴いたことがある曲の1つに
モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークがありますが、私
はこのCDを4種類持っています。違いに興味があったからではなくて、
なかなか自分の中にあるイメージに合う演奏に巡り合えなかったから
です。それが、子供の頃に聴いたレコードやコンサートの中で刷り込
まれたものなのか、あるいはいつのまにか自分で勝手に作り上げてし
まったものなのかはわかりません。それぞれの演奏のどこがどう違う
か、言葉で表現するのは私の手に余ります。

今から二十数年前、いずれ演奏家、指揮者といったものはコンピュー
タに取って代わられるのでは、と考えたことがありました。楽譜さえ
あれば、あとはそれをその通りに演奏すればいいのだから... でも、
どんなスコアでも、それを解釈し、息を吹き込む人たちが居て初めて、
我々に感動を与えるものなのでしょう。どちらが欠けてもいけないの
です。

最初に挙げたアイネ...で、私のイメージに最も近かったのは、カラヤ
ン/ウィーンフィルのものでした。カラヤンは、クラシックの大衆化に
貢献した、ということが評価の1つとして与えられている人物で、そ
れぞれの曲のツボ、聴かせどころを熟知しているのでしょう。それが、
コアなクラシックファンの中で議論を呼ぶところでもあります。

下でbebeさんも挙げてらっしゃる交響曲40番は、別名“悲しみのシン
フォニー”として知られる曲ですが、私は最初、シルビーバルタンの
唄う、フレンチポップスとして知りました。J.S.バッハのトッカータ
とフーガなども、いろんな形で耳にします。天才達の軽やかさ、荘厳
さは、時代、後世の勝手なジャンル分けを超えて我々に届くもののよ
うです。

precisionさんもおっしゃってますが、クラシックに限らず、もっと
気軽に、いろいろな曲を聴かれたらいかがでしょう。ご自分の好きな
曲が、調べてみたらクラシックだった、ということが、きっとあると
思います。NAXOSのシリーズなど、1000円均一で殆どの名曲が網羅さ
れ、著名ではなくても一流の演奏が味わえます。

クラシック談義 削除/引用
No.369-8 - 2001/03/26 (月) 23:43:54 - precision
私も中学校のころ、始めのダダダダーーーーン!のところしか知らなかったベートーヴェン交響曲第5番「運命」を初めて4楽章通して聴いたのですが、それ以来この曲はクラシックで非常に気にっている曲です。

そのとき買ったCDはもう亡くしてしまってないのですが、確かNHK交響楽団のもので、かなりゆっくりとして,豪快にテンポの変化をつけるタイプのものでした。

その数年後,再び「運命」を聴きたくなって適当にCDを買ってみたのですが,私の頭の中にある「運命」とまるで違うので「何だこりゃ!」とおもってしまいました。全てが早すぎるし,間をとることもほとんど無く,「そんなに突っ走らなくても・・・」という感じで非常に聴き疲れするものでした。その後、朝比奈隆指揮のものを買ったら私の好みの演奏だったので、今ではこれがお気に入りです。私の場合には初めて聴いて良い曲だと思ったのがテンポ変化を大きくつける演奏だったためなのでしょう。トミーさんのおっしゃる通り,クラシックでは指揮者によって、あるいは同じ指揮者でも演奏によって異なり、人によって好みが違うというのが面白い点だと思います。

>私もスピードの違いは分かるんですが、
>ただ遅い早いというだけで、そこから表情の違いを
>感じ取ることが出来ないんです。

クラシックの場合は単にスピードと言っても、曲の速さは常に自在に変化しますから、「速さ」が違うだけでなく、「速さの変化の仕方」が違うんです。そして、私にとっては、テンポの変化というのは気持ちよく音楽を聴けるかどうかにとってめちゃくちゃ重要で,ちょっとテンポが違えばそれはもう別の音楽のように聞こえてしまいます。

>演奏家の上手い下手や音程等は、楽器経験がないものには、
>判断は難しいんでしょうか?

音程を他の音との比較をせず言い当てることは難しいと思いますが,演奏の良し悪しを感じ取るのに音感は関係ないと思います。聴いてみて「綺麗な音の流れだな」とか「聴いていて気持ちいいな」と感じるならば、それがトミーさんにとって良い演奏ということになるのですし、この辺は音楽技術の話ではないはずです。ただ、一般的に楽器が下手な人というのは、「音のつなぎ」が汚らしいです。わけわからない所で強弱がついていたり、ある音から次の音への移行がぎこちなかったりします。やっているほうは「分かってるんだけど指が動いてくれないんだよ・・・」ということがほとんどだと思いますが・・・。

ですがプロならばよほどのことが無ければ最低減の技術はもっていますし、演奏家の技術よりも指揮者がどのように指示して弾かせるかのほうが重要でしょうね。「上手い下手」よりも「どう弾いているか」ですね。だからこそまず着目するのは指揮者なのでしょう。私の買った朝比奈隆指揮の「運命」にはおまけとして練習シーンが録音されているのですが、指揮者が実に細かいところまで演奏指導しているのが分かります。

とにかくまずは色々聴いて楽しんでみてください。好きな曲は分かっていて,さらに好きな演奏を探すというのも結構面白いものです。

単純に感じ方だと思います。 削除/引用
No.369-6 - 2001/03/26 (月) 21:18:33 - yasta
bebeさん、その節は大変お世話になりました。
トミーさん、個人的な意見ですが、たとえば、ベートーベンの有名な交響曲「運命」があります。カラヤンやフルトヴェングラーやワルター等有名どころが並びますが、私は中学時代、父に買ってもらったトスカカニーニの全集を最初に聴きました。というか、聴かされてしまいました。それで、おそらくベスト3に入るであろう、超ハイテンポのダダダダーンが、私の「運命」の原点になってしまったのです。トスカニーニも著名な作曲家ですが、私も年とともにいろいろな「運命」を聴くことになってみると、彼のダダダダーンがかなり早いことに気がつきました。フルトヴェングラーなどを聴くと、ダッダッダッダーンと私には聞こえるのです。(もっと遅い印象かもしれません)
すごく単純なことですが、こんな他愛もないことがいろいろな指揮者と、それに付随する交響楽団を聴き比べようとする気持ちにさせることもあるのです。
違いのあるなしでなく、自分で気に入った曲があったら気楽に聴いてみてください。聴き慣れてくれば、他との違いが気になってくることもあると思いますし、聴いてみたいと思う演奏も出てくるかもしれません。
同じ曲でも、シチュエーションによって違ってくるのはどの世界でも同じだと思います。追求することも当然必要ですが、とっかかりは、遊びでよいのだと思います。

すいません。 削除/引用
No.369-5 - 2001/03/26 (月) 19:35:05 - トミー
皆さん、どうもありがとうございます。
私は今まで参考文献や参考書類は偏見等を持つ事が恐かったので、
さけて来たんですが、私の場合ですと知っておいた方が良さそうですね。

私もスピードの違いは分かるんですが、
ただ遅い早いというだけで、そこから表情の違いを
感じ取ることが出来ないんです。
さくらの花を見ても感動しない私ですから、
感性に問題があるのかと思いまして。

スピード以外の違いですと、指揮者、演奏家、楽団、ホール等で、
どんな違いがあるものなんでしょうか?

確かに録音は私も気になっていました。
音色の差を感じるには、大きな問題でしょうか。
例えば、本当は柔らかな音を出す演奏家を、
シャープ過ぎる録音のCDで聞いた場合と、
本当は硬いシャープな音を出す演奏家を、
柔らかいソフトな録音で聞いた場合とでは、
どうなのかと思いますが、その差以上に、
歴然としたものがあるんでしょうか?

演奏家の上手い下手や音程等は、楽器経験がないものには、
判断は難しいんでしょうか?

指揮者の解釈と良く言いますが、これも意味が分かりません。

後はこの違いは指揮者に寄るものなのか、
演奏家に寄るものなのか、そこの判断も出来ないんです。

クラシックファンの人は、この違いがクラシック音楽としての
魅力のひとつと考えてられる方も多いですよね。
楽しいところでもあるわけですよね?

皆さんは環境はかなり静かなところで聞かれているわけですか?
音楽が音楽ですから、集中できるところでないと聞かないですよね。
そうでもないんでしょうか。

クラッシックっていってもいろいろ 削除/引用
No.369-4 - 2001/03/25 (日) 11:20:53 - bebe
トミーさんが言及されているのは、オーケストラなどの大編成ものでの違いですかね

私的には、あまりオーケストラものは聴かないのですが、モーツァルトの40、41(通称ジュピター)は好んで何枚かもってます

テンポの違いなど指揮者、楽団の違いなどはそれぞれありますが、CDで再生したときの録音品質が大いに気になります。このへんがオーディオファンと音楽ファンとの違いだと思ってます
正直なところ、うまい、下手よりもオーディオ装置での再現による音場のでき方ってのが気になるだけともいえますね

もしご興味があれば、なるべく小編成、できればソロ(無伴奏)のバイオリンやチェロなどでの有名な奏者で聴かれてはいかがかなと思います。

チェロは、近年ヨーヨーマが人気ですが、たとえばバッハの無伴奏チェロ組曲では、2回録音していて、それぞれテンポも違います。
極端なのはミッシャー・マイスキーってチェリストの83年録音と99年録音のものでは、あれれっていうほど違ったりします。

なお、個人的には、なるべく優れた録音のCDで、できるだけオーディオシステムのグレードを自分の求めるものに近づけていくと、さらに楽しくなると思いますよ

ただ、Nickeyさんが体験されているような、J-POPやカラオケで・・・ていうみたいになるとツライんでしょうね。
わたしは、J-POPやカラオケなんぞでも、TPOで気になりませんが、クラシックソースでも自分が勝手に期待する音がでてこない録音だと演奏以前に、非常にストレスがたまります。

違いが分からないのは悪い事ではありません 削除/引用
No.369-3 - 2001/03/25 (日) 00:12:40 - Nickey
クラシックが嫌いではなくて、演奏による違いが気にならないとすれば、単にクラシック音楽に対する好き嫌いがはっきりしていないだけのように思います。それに、演奏の違いが気にならないのは悪い事ではありません。
私の場合、中学生のときに音楽の先生に耳が悪いといわれて悔しさのあまりちょっとした音の違いに集中して聴く癖がついてしまいました。プロといえども完璧ではないので演奏が失敗した個所ばかりが気になって音楽に集中できなくなってしまいました。
いまでも、JPOPのライブを聴くと音程が合っていないことが気になって気分が悪くなります。まして、素人が歌うカラオケでは吐き気がします。手後れにならないように気を付けましょう(笑)

(無題) 削除/引用
No.369-2 - 2001/03/24 (土) 20:19:01 - しわしわ
クラシック音楽が嫌い、というわけではないんですよね。
ならばイメージを膨らませるような参考文献を読むことをお薦めします。
作曲家の生い立ち、曲を作るにあたってのエピソード、オペラなら元になった物語など、知っていると聴き方も変わってくるでしょう。
演奏家の違いも、生まれた国や地方、音楽以外に興味あることなど、知っていると、なるほど、と思うこともあるでしょう。
音楽家のメッセージは音楽の中にある、とこの手の文献を読まない方もいらっしゃいますが、私は肯定派です。

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